第八章
天猫の気持ちでは九割は終り、後は鏡に知らせるだけだ。そうすれば、全てが終わり。また、一緒に旅が出来る。そう考えていた。その喜びの為だろう。ゆっくりと味わいながら食べていた。その同時刻の公園の近くでは、猫たちがマタタビと同じ気分になる場所の話をしていた。
「聞いたか?」
「何がだぁ」
「本当に合ったらしいぞ。マタタビが無くても酔うことが出来る夢の場所だよ」
「ああ、私も、その場所が知りたくて、ボス猫の集まりに参加したのだが、追い出されたよ。でも、その場所に行かなくて良かったよ。聞いた話では、神の罰か、神に気に入られたか、それは分からないが、この世から消えてしまうらしいぞ」
「嘘だろう」
「本当らしい。捜索していた猫も一匹消えたらしいぞ」
「そうなのか、行かなくて良かった。まだ、死にたくないからな」
その会話を木の上から見ている者が居た。
「ああ、もう、探し出されたのか、シロ様に何って報告したらいいか」
黒猫の会員番号二番は、複数の猫が話をしているのを聞いて悩んでしまった。
「仕方ない。猫の噂話で知られるより、私が知らせた方がましだな」
猫達が、この場から消えるまで考えていた。そして、一人になると一目散にシロの家に向かった。木の上では長くも短くも無い時間だったが、無心で行動すると決められる時間はあった。だが、家に着くと、ある事を思い出した。
「まずい、午前中には会えない。正午が過ぎるまで、主の膝の上で寝るのが日課だった。それを、邪魔したら会員を剥奪される。それは、死ぬと同じ事だ。待つしかないな」
時間がある。そう思ったからか、体の機能が反応して空腹を知らせた。
「家に帰るか」
「二番。何をしている。もしかして探し出したのか?」
隣に住む。老猫、会員番号一番が声を掛けてきた。
「はい。私では無いですが、探し出されました」
「手柄を立てそこなったな。本当に残念だったが、がっかりするな」
「いいえ。残念ではありません。私でなくても、これで、シロ様の笑顔が見られます。それが、一番の喜びですから」
「うんうん、腹が空いているだろう。さぁ、追いでよ。食べさせてあげる。その後は、私にも詳しく教えてくれよ。私も、噂の場所には興味があるからな」
「はい。でも、出掛ける用事があったのではないでしょうか?」
「無い、何となく誰かに会うような気がして出てきただけだ」
そして、老猫の家に上がり。老猫の食事なのだろう。咽るような勢いで食べ始めた。
「あらあら、友達に上げていたの。そうそう、なら、お代わりがいるわね」
そう、家の女性の猫の主は、別の皿に同じ物を持ってきた。
「はいはい、お水も持ってきたわよ。さあ、お飲みなさい」
二匹は食べ終わると、縁側で楽しそうに鳴き声を上げていた。家の女性の主は分からないだろうが、黒猫は、今までの全ての事を老猫に伝えているに違いない。そして、全てを伝え終わると、黒猫は疲れていたのだろう。寝てしまった。そうなる事は分かっていたのだろう。起こさずに、老猫は正午を過ぎると、シロの家に向い代わりに伝えた。
シロは、全てが終わったと安心したが、それは、直ぐに終わって無い事を知る事になる。それは、天猫が現れて、また、シロから頼み事を頼まれるからだった。
「天、天、聞こえないのか?」
鏡は何度も、何度も、天猫に言葉を掛けていた。だが、天猫には聞こえ無いのだろう。食事を食べ終えると、気持ちよさそうに寝てしまったからだ。それにしても、変だ。主の言葉が聞こえなくても、直ぐに話しかけていたはずだ。それなのに、なぜ、直ぐに鏡に知らせないのか、本当に疲れて寝てしまっているのだろうか、そう思うだろうが、その理由は、鏡と静、二人に知らせたかったからだ。鏡とは話しは出来る。だが、静と話しをするには、沙耶加を妄想に夢中にさせなければならない。その為に部屋を無音にして、海の事だけを考えさせる。そうすれば静が出てくるはずだ。そう考えていたのだ。
「天、どうした?」
「鏡、何時まで騒いでいるの。天ちゃんの気持ちが分からないの」
天猫が寝床に入ってから一時間が経とうとしていた。
「おおお、やっと出てきたか。天、静が出てきたぞ」
「天ちゃんの気持ちが分からないようね」
「静お姉ちゃん。久しぶり元気だった」
「天、大丈夫なのか?」
「何度も呼んでくれたけど、無視してごめんね」
「気にするな」
「鏡は、天ちゃんの気持ちが分かってないようね」
「分かっているよ。静と話しがしたかったのだろう」
「なら、何故?」
「まさか、静、静って、呼べないだろう」
「何故よ?」
「まあ、あれだよ」
「何よ?」
「そうそう、呼んでも返事もしない者に声を掛けるはずないだろう。そうだろう」
顔を真っ赤にして、嘘とはっきり分かる言い訳をしていた。
「そう、分かったわ。そう言うことにしてあげる」
「鏡お兄ちゃん、静おねえちゃん。ねえ、話は終わった。もう話していいかな」
「いいわよ。天ちゃん」
「天、良いぞ」
「探していた門を探し出したよ」
「門を探し出したのか?」
「天が勝手に門と言っているだけ、最後に分かれた場所に似ているから門と言ったよ」
「そうかあ」
「天ちゃん。門でいいわよ。続きを話して」
「話しって言っても何も調べてもいないから何も無いけど、二人をどうやって門の所に連れて行くか、それを相談したかったから」
「体が動かないから無理だな」
「鏡お兄ちゃん。そんな」
「鏡、それを、相談するのでしょう」
「そうだが」
「う〜ん」
「静、何か良い考えでもあるのか?」
鏡は、静が悩む姿を見て、悩むと言う事は考えがある。そう感じた。
「確か、シロちゃん。だったわよねぇ。その猫に手伝ってもらうしか考えはないわね」
「ほう、面白そうだな、聞かせてくれないか」
「天ちゃんが、シロちゃんと愛し合っているように思わせて、駆け落ちをしたように思わせて探がさせるのよ。まあ、依頼されるか分からないけど、無くても探すでしょうね」
「ええ、静お姉ちゃん。嫌だよ」
「天、美人なのだろう。良い話でないか」
「鏡お兄ちゃん。人事だと思って、何、笑っているのだよ。酷いよ」
「天ちゃん。本当に恋愛しなさい。そう言う事でないの。シロちゃんが頻繁に事務所に来るようにして、沙耶加さんに気づかせるの。そして、二人が消えれば探すはず」
「ああ、前に、シロの家を導いたように門に連れて行くのだな」
「鏡、そうよ。いい考えでしょう」
「そうかぁ」
「静お姉ちゃん。それはチョットね」
「他に考えあるの。二人は何も考えないで何よ。それなら、どうするよね。そろそろ、正午よ。沙耶加が目覚めるわ。なら、如何するのよ」
「天、仕方ない。それしかないな。がんばれ。また、門で会おう」
「がんばってね。天ちゃん」
二人は言いたい事を言うと、消えてしまった。その後、天は、ブツブツと愚痴らしき事を言っていたが、数分で諦めるしかない。それに気が付いた。それは、正午を知らせる音が響いたからだった。
「あら、私寝ていたのね。でも、いい夢だった。昔の海さんに戻らないかなぁ」
「ニャ」
(仕方が無い。頑張るしかないな)
嫌だと思う気持ちを振り切る為だろうか、天猫は何度も首を振っていた。
沙耶加は、まだ、夢の余韻を楽しいでいるようだった。恐らく、海が、今より人間らしい頃の夢を見ていたのだろう。だが、天猫の一声で完全に目を覚ました。
「ああ、もう正午なの。早く海さんに朝食の用意をしないと駄目ね」
海には聞こえていなかった。先ほどは、時刻を知らせる音が響いて姿勢が変わったが、今の呟きだからだろう。動く事も、返事を返す事もしなかった。
「天。本当に済まない。がんばってくれ」
その代わり鏡が、天を勇気付けた。
「鏡お兄ちゃん。気にしなくていいよ。静お姉ちゃんの考えの通りに、シロに会って来る」
「頼む」
その言葉は天猫には届かなかった。もう、窓に飛び乗り、外に出ていたからだ。
「ああ、何て言えばいいのだろう。恋人の振りをしてくれ。何て言えないぞ」
心底から嫌なのだろう。その様子が現れていた。まるで、酒にでも酔っているかのようにフラフラと歩いていた。そして、突然に歩くのを止めて、頭を抱え考えるような態度を表した。何か嫌な考えが浮かんだのだろう。
「もし、シロの親衛隊にでも知られたら命がないぞ。ああ、どうしたらいいかなぁ」
天猫がブツブツと呟きながら歩いていたが、何も良い考え浮かぶ事も無く、シロの家に着いてしまった。
「おっ、天猫様、どっどうしたのですか?」
この場所で、会うとは想像も出来なかった。と言うよりも、一生の間に二度と会いたくなかった猫に会い、なぜ、この地域にいるのかと驚きの声を上げた。
「シロさんは、居るかな?」
「はい。ですが、今は、お会い出来ないと思います」
「そうか、仕方が無い。待たしてもらう」
「何か用件があるのでしたら、私が伝えておきますが」
「ああ、そう言ってくれて嬉しいが、シロさんと私の問題だ。話をする事は出来ない」
天猫は、時間が惜しい。そう感じたのか話しを遮った。
「済まないが、通して頂くぞ」
「あっ、お待ち下さい」
「今の事が、シロの本心か聞いて良いのだな。本当なら、改めて出直す」
「うっ」
その一言が、良いと、判断して敷地に入った。
「シロさん、重大な話がある。話を聞いてくれないだろうか?」
「え、話って、まさか、主様の話でしょうね」
即座に、ガラスの扉の前に現れた。
「んっ、まあ、その関連の話しだ」
「どうぞ、入って来て」
猫語でも、人にも分かる。本当に興奮を表した。鳴き声を上げた。
「先に言っておくが、嬉しい話では無い。頼みを聞いて欲しくて来た」
「またなの。いい加減にしてよ。主様の為だから仕方が無いから聞くけど、今度は何なの、本当に、これで最後のお願いにしてよ」
「簡単に言うと、女性の主を探偵事務所に呼びだしたい。そして、また、探偵依頼をさせる為に協力して欲しいのだ」
「女性の主って、ああ、美を追求する同士。あの女性ね」
「その、女性だ。それを誘き出す為に、惚れ合っているように見せたいのだ」
「えっ、何故よ。何を考えているの。ふざけないでよ」
「今直ぐって事では無い。今は、その考えしか浮かばないからだ。もし、良い考えがあれば、そして、承諾してくれるなら、明日の昼まで事務所に来て欲しい」
「シャー」と、声を上げた。
その言葉は、猫の耳で聞いても、人が聞いても同じ言葉だった。最大の怒りを表し、即座に家から出て行け。そう叫んでいた。
「シロ様、如何したのです。何があったのですか?」
「この失礼な、バカを叩き出して」
「あっ、待て、分かった。帰るから」
そう全てを言う前に、殺気を感じて駆け出した。そして、天猫の気配が消えると、会員番号二番は、シロに理由を聞いた。
「えっええ、それは、何ですか、信じられない。あの者に頼む事はありません。これから、私が、その門を調べて見れば分かるはずです。私が主様の病気を治してみせます。あの、猫を信じる事はしては行けません。シロ様の主の事を聞いて、邪な考えで、シロ様の気を引こうとしているだけです。間違いありません」
「そうよね。門を調べれば分かるわよね。私も、行くわ。直ぐに出掛けましょう」
二匹は門の場所に向かった。だが、二時間後、シロだけが、天猫がいる探偵事務所に向かう事になってしまうのだ。
「お願い助けて」
シロは、行った事はないが、大体話を聞いていたから事務所の場所は直ぐ分かった。そして、天猫が出入りの為に使っている窓から、シロが突然に現れて叫び声を上げた。
「二番が消えたの。理由は分からないけど、突然に消えたの。お願い助けて」
「二番?」
「助けてよ。早く来て」
「頼むから、落ち着いてくれ、何が消えたって」
「あの、だから、私の親衛隊の一人よ」
「あああ、もしかして、私を家から叩き出した。あの猫か?」
「そうよ。お願いだから助けて」
「助けてやる。だから、落ち着いて話を聞かせてくれ」
「だから、門に行ったのよ」
シロは直ぐに落ち着く事は無かった。それでも、話をするにしたがい、段々とだが落ち着きを取り戻し始めた。
「今の話だと、自分達だけで解決しようと思い。シロさんと会員番号二番と、門に行ったのだな。それで、調べていた時に、目の前で突然に消えた。そう言いたいのだな」
「そうよ。だから、早く助けに行きましょう」
「駄目だ。それは分かるだろう。だから、俺は、あれほど、主と共に行く為に協力して欲しい。そう、頼んだだろう。なぜ、無茶をした」
「なら、早く、主様を連れて行きましょうよ」
「だから、何度も言っているだろう。俺は、猫の言葉も、人の話も、人と話をする事も出来るが、今は話す事は出来ない。それをしたら化け物と騒がれるからだ」
「それなら、助けてくれないの」
「必ず助ける。だから協力してくれ」
「天猫さんの彼女の振りをするのね。分かったわ」
「本当に助かるよ。ありがとう」
「それで、明日からでいいですか、主様の顔を見たいわ。そして、何日か会えなくなるのでしょう。理由を話しておきたくて」
「え。正気の時は猫の話しが分かっていたのか?」
「いいえ。ただ、気持ちを伝えたくて、何でも、伝えていたから」
「そう」
「そうよ。正気の時は悲しい事があったと伝えると、普段より優しくてね。それでね。何度も頭を撫でてくれるのよ。本当に優しい主様よ」
「そうかあ、いいよ。明日でも」
そう、シロに伝えようとした時だ。話の途中で、鏡が話しを掛けてきた。
「一人で行かせるな。一人にさせるな」
「えっ」
シロは、突然に聞こえて来た声に驚いた。
「シロさん。今日から泊まりなさい。気持ちが変わる。そう思っているからでない。シロさんの主は気持ちが分かるのだろう。それなら、嫌な気持ちを伝えない方が良い」
「あなたは、誰よ」
「天が、あるじ、主と言っている。その一人だ」
「貴方なの」
「そうだ。もう一人は、そこで書類を作成している女性だ。ほとんど話しは出来ない。まあ、俺は、話は出来ても体を動かせないのだよ。俺からもお願いする。協力して欲しい」
「そう、主様の身体に悪いなら泊まらせて頂くわ。それで、私は、何をすればいいの?」
「何もしなくて良い。ただ、天に寄り添って、楽しそうにしてくれれば良い」